【短編】煙草
また、駄目だった。
面接に行ってみたが、結果はもうわかっている。
この学歴では面接してくれるだけでも有難いと思わなくては、といつも自分に言い訳している。
僕は、母子家庭に生まれ、高校卒業を期に働き始めた。
工場勤務を行い、何とか生きるための日銭を稼いできた。
稼いできたといってもそれほど格好の良いものではなく、月に15万円手にするのがやっとだ。
しかし、母を恨んだことは一度もない。
悪いのは父親だ。酒浸りの日々、母へのDVが続き、僕と母自身を守るために離婚したのだ。その諸悪の根源も今やどこにいるかもわからない。
その怒りの矛先を、向けるところも知らず、日々の労働のストレスと相俟って、いつも煙草に走ってしまう。
今回の面接は、事務職員の面接だった。
自分でもそれほど高望みをしているわけではない。
ただ、生活に安定が欲しいのだ。ただそれだけ。
資格が欲しくて、仕事の合間にパソコン業務の資格を取った。
それは自分にとって、とても達成感のあるもので、何か誇らしい武器を手に入れた気にもさせた。
しかし、現実はそう甘くなかった。
学歴のあるほかの皆は、ピストルを持っているのだ。
僕が磨いていたのは、ただのナイフだったことにはなかなか気づけなかった。
面接帰り、着慣れないスーツに身を包み、場違いにもオフィス街を落ち武者のように歩く自分がとても惨めで残念に思えた。
それと同時に周りの人間が恨めしくも思えた。
ちょっとした違いなんだ。
ちょっとしたボタンの掛け違い。
それがこうも自分と他人の隔絶となって表れる。
苛立ちを抱えて、駅近辺の喫煙所に足早に向かった。
ライターで紙煙草に火をつける。
工場の仲間では当たり前の光景だが、オフィス街では今時なかなか見かけない光景だ。
それもなんだが、寂しさを煽る。
喫煙所にある貼り紙に目を向けた。
「20XX年XX月より、加熱式煙草に限ります」
もう紙煙草も時代から捨てられるのか。
なんだが、自分に対して突きつけられている文章のように感じた。
自分より年下の大卒の工場責任者が言っていた科白が思い出された。
これからは、工場の仕事はロボットにとってかわられる。
思い切り煙草を吸いこんだ。
なんだが愛情が感じられた。
煙が口から溶けて、空中に消えていく。
自分が思っている以上の場所まで届く白い煙は、自分の可能性を表しているようで不思議と愛しかった。
Martin Zukor